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ドア・引戸・折戸などの建具金物、クローゼットなどの収納の金具や家具金物、手摺や物干し金物など「住まいの金物」の製造、販売。

アトムリビンテックのあゆみ ~ スライド丁番国産化へ

  • 2018年7月23日

スライド丁番は第二次世界大戦後、旧西ドイツで生まれました。
日本に入ってきたのは1965年(昭和40年)頃で、東京と大阪それぞれ1軒ずつの金物屋が輸入代理店になって販売していました。
それまでの丁番の概念からはおおよそかけ離れたものだったため、なかなか普及しませんでした。

そのような状況のもと1969年(昭和44年)、当社は日本で初のスライド丁番国産化に踏み切りました。
当時としてはかなり無謀と思えるチャレンジでしたが、3代目社長の「近い将来、家具や住宅の工業化がさらに進み、それに対応できる丁番が必ず必要とされるようになる」という将来に対する読みと、「よその国で造れるものが、日本で造れないわけがない」という日本の技術に対する確信から断行するに至りました。

苦戦の末の自社開発を経て、1971年(昭和46年)に「110°スライド丁番スタンダード型」を発売。しかし当初は、不慣れや当時の業界の技術水準等の原因から、設計ミスや精度不足など失敗とクレームの連続でした。

※スライド丁番については、当社広報誌ATOM NEWS 191号の「What is ATOM」において、社長 髙橋良一がQ&A形式でお答えしています。こちらも是非ご覧ください。

アトムリビンテックのあゆみ ~ 建築金物部門を設置

  • 2018年7月2日

1965年(昭和40年)2月、従前より手掛けていた棚受などの陳列金物に加え、幅広く建具金物への進出を目指して、新たに建築金物部門を開設した。

これは予てから考えられていたことで、家具も住居の中で使われる以上、いずれは「家全体の調和」という問題として捉えられるようになってくるのではと思われ、また、既製の建具金物が少々繊細な面に欠けているきらいがあり、あまりにも変化がなく、物足りなく感じられていたためである。

創設当初には想像通り幾多の困難があったが、本来の得手であったハンドル、引手、戸引手等の分野から始まり、その後さらに玄関錠、丁番、折戸、上吊式引戸システム金具等々の機能品まで手を伸ばし、建築金物と家具金物を統合した内装金物(住まいの金物)という独自の事業分野を確立するまでに至った。

 

1965年の出来事
 ・日本サッカーリーグ開幕
 ・大塚製薬「オロナミンC」を発売
 ・沖縄県西表島でイリオモテヤマネコを発見
 ・プロ野球のドラフト制がスタート
 ・水木しげる「墓場の鬼太郎」(ゲゲゲの鬼太郎)連載スタート

アトムリビンテックのあゆみ ~ 発送・入荷業務の移管

  • 2018年5月28日

現在、埼玉県草加市にあるアトムC/Dセンターの発端は、1962年(昭和37年)4月に埼玉県八潮町(現在の八潮市)に八潮営業所兼倉庫を建てたことに始まり、ここに本社とは業務を分離独立させ、入出庫と配送を集約化し、商品管理の充実を企図した。

その後、1970年(昭和45年)5月に東京都足立区に花畑集配センターを開設し、業務を移管するとともに集荷業務の集約化を図った。

そして1988年(昭和63年)8月に品質管理・試験研究業務・集配業務の拡充を目的として、埼玉県草加市に「ATOM C/Dセンター」を開設し、試験設備・仕入部・花畑集配センターを移管・集約化した。

 

                現在のATOM C/Dセンター

 

1962年の出来事
 ・東京が世界初の1,000万都市となる
 ・大正製薬「リポビタンD」を発売
 ・キューバ危機
 ・鈴鹿サーキットが完成
 ・赤塚不二夫「おそ松くん」連載スタート

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