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ドア・引戸・折戸などの建具金物、クローゼットなどの収納の金具や家具金物、手摺や物干し金物など「住まいの金物」の製造、販売。

アトムリビンテックのあゆみ ~ 亜吐夢金物館を開設・「ATOM NEWS」発刊

  • 2018年8月27日

1980年(昭和55年)1月、ショールーム「亜吐夢金物館」を東京都港区新橋に開館した。
その目的は、家具金物と建築金物とを問わず、生活に関わる総ての内装用金物の意匠や機能について、実質的な金物選択者である建築設計者やデザイナー、並びに最終需要家の「生の意見・要望」をいち早く直接に捉え、製品開発への資料源として活用し、併せて金物に関する情報を提供する場としてご利用願い、選択者・使用者側と製作者側との「相互交流」を求めるためであった。
従来、われわれの取り扱う金物は、生活の中にあって大変身近な必需品でありながら、他の一般家庭用品に比べ、どうも供給側の得手勝手によって造られ、また商品の性格も、そのように左右されて来たきらいがあった。これでは今後の価値観の多様化と、いよいよ増すと思われる高度化への欲求に、充分に対応できないのではないかという、危惧と反省の所産であった。

 

同年11月には、亜吐夢金物館のPR誌として「ATOM NEWS」を発刊した。

亜吐夢金物館開設の目的は、金物の作り手と使い手との「相互交流」を求めるものであったが、より一層各方面の方々と交流の輪を拡げるべく、編集者と読者の皆様の相互の声が「こだま」しあうようにといった思いを込めてATOM NEWSを発刊した。
※2018年には200号を迎えました。 

 

アトムニューズのバックナンバーはこちらから

 1980年の出来事
 ・大塚製薬が「ポカリスエット」を発売
 ・東陶機器、多機能便座「ウォシュレット」を発売
 ・ツクダオリジナルから「ルービックキューブ」が発売
 ・元ビートルズのメンバージョン・レノン銃殺事件
 ・歌手 山口百恵引退

 

アトムリビンテックのあゆみ ~ 折戸・上吊引戸システム金具を発売

  • 2018年8月20日

1979年(昭和54年)9月に折戸システム金具と上吊引戸システム金具を発売しました。

●HDシステム金具(折戸金具)
1970年当時は、まだ折戸は住宅の中でほとんど使われておらず、せいぜい倉庫やホテル、その他の公共施設などの一部にみられるぐらいでした。
高度経済成長が極みに達し、家庭には物があふれていく反面、家の中は狭くなる一方の我国の状況を見るにつけ、近い将来、省スペースなど多くの特長を有する折戸が、場所によってはドアや引戸に取って代わるであろうと予見し、業界に先駆けて住宅用折戸金具「HDシステム金具」を開発、社会に提案していきました。
初めのうちは、なかなか簡単には採用してもらえず苦戦を強いられましたが、パンフレットの大量配布や度重なる商品説明会などの地道な活動の結果、徐々に採用の機会を得て、数年後には爆発的な普及を見るに至りました。

●SDシステム金具(上吊引戸金具)
当時の住宅における引戸(障子や襖以外のやや重めの引戸)は、床に敷いたレールの上を走行するタイプが一般的でした。
しかし、ガラス入りの引戸などの重い引戸になると、開閉操作も重く、かつガラガラと音がして、特に下の階などによく響くといった難点がありました。また、床に敷いたレールが生活の邪魔になるのも難点でした。
上吊式SDシステム金具はそれらの難点を解消、そのうえ戸の吊り込みや上下左右の位置調整も簡単なため、好評を得て、住宅や病院などの引戸として普及していきました。
以来、SDシステム金具は40年近くにもわたるロングセラー商品となり、その後も様々なニーズに応じた重量引戸用、アウトセット用、住宅用自動ドアシステム金具、ソフトクローズタイプなどを次々と開発していき、いまや当社が誇る充実シリーズとなっています。

※折戸については、当社広報誌ATOM NEWS 193号の「What is ATOM」、上吊引戸金具については197号の「What is ATOM」において、社長 髙橋良一がQ&A形式でお答えしています。こちらも是非ご覧ください。

 

1979年の出来事
 ・ソニーがウォークマン第1号(TPS・L2)を発売
 ・婚礼家具がこれまでの5点セットから洋服・整理ダンスの2点セットへ
 ・初の国公立大学共通一次試験が実施
 ・テレビ朝日で、アニメ「ドラえもん」が放送開始
 ・埼玉県所沢市に西武ライオンズ球場が完成

アトムリビンテックのあゆみ ~ スライド丁番国産化へ

  • 2018年7月23日

スライド丁番は第二次世界大戦後、旧西ドイツで生まれました。
日本に入ってきたのは1965年(昭和40年)頃で、東京と大阪それぞれ1軒ずつの金物屋が輸入代理店になって販売していました。
それまでの丁番の概念からはおおよそかけ離れたものだったため、なかなか普及しませんでした。

そのような状況のもと1969年(昭和44年)、当社は日本で初のスライド丁番国産化に踏み切りました。
当時としてはかなり無謀と思えるチャレンジでしたが、3代目社長の「近い将来、家具や住宅の工業化がさらに進み、それに対応できる丁番が必ず必要とされるようになる」という将来に対する読みと、「よその国で造れるものが、日本で造れないわけがない」という日本の技術に対する確信から断行するに至りました。

苦戦の末の自社開発を経て、1971年(昭和46年)に「110°スライド丁番スタンダード型」を発売。しかし当初は、不慣れや当時の業界の技術水準等の原因から、設計ミスや精度不足など失敗とクレームの連続でした。

※スライド丁番については、当社広報誌ATOM NEWS 191号の「What is ATOM」において、社長 髙橋良一がQ&A形式でお答えしています。こちらも是非ご覧ください。

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